この記事では、中室牧子著の「学力の経済学」を参考にしています。
中室 牧子さんは、教育経済学が専門の慶應義塾大学総合政策学部教授をしています。
今までの教育業界の当たり前を、データ分析を用いて科学的に正しいかを研究されています。
ここでは多くの教育者や保護者がぶつかる問題である
「勉強させるために、子どもをご褒美で釣ることはいけないのか?」
という疑問に、科学のメスを入れていきたいと思います。
結論としては、
「勉強させるために、子どもをご褒美で釣っても良い」
ということになります。
どのような「ご褒美のあげかた」がより良いのか、紐解いていきます。
ご褒美で子どもを釣るなんて、親として失格?
何かをさせるのに、ご褒美で釣らないと子どもを動かせないということに悩む親や教育者は多くいます。
子どもの頃の「教育」や「勉強」が、将来の収益率を豊かにするということは、さまざま研究で証明されています。
しかし、「勉強」が将来に役立つことを理解しているのは、大人だからです。
大人になって気づいただけで、大多数の大人は子どもの時には気づかなかったわけですよね。
私も”大人になってこんなに勉強がしたいと思うのであれば、なんでもっと勉強しなかっただ”と後悔することばっかりです。
多くの大人ができていなかったことを、自分の子どもに強要するのもなかなか難しいものです。
つまり、「遠い将来のご褒美」より「近い将来や今のご褒美」を優先するのが、人間の性質だということを、まずは理解する必要があります。
例えば、「いまマシュマロ1個あげるけど、1日待てば2個あげるよ」というと、多くの子どもは目先の利益を優先し、マシュマロを今受け取ってしまいます。
しかし、「半年後にマシュマロ1個あげるけど、その日から1日待てば2個あげるよ」と伝えると、多くの子どもは、半年も1日もあんま変わらないと感じ、1日待つ子どもが増えるでしょう。
「遠い将来」の満足よりも「近い将来」の満足を優先する
「半年後にもらえる」という「遠い将来」の満足よりも、「今もらえる」という「近い将来」の満足を優先するのが人間の性質です。
近い将来の満足を優先するのは大人も一緒です。
「明日からでいいや」と先送りして、目先の楽や利益を優先してしまい、
禁煙やダイエットに失敗してしまう人が多いものです。
そして、ダイエット業界はそんな目先の楽や利益を優先してしまう人の多くのお金が動いているというわけですね。
子どもにとっては遠い将来のことを考えて行動するなんてなおさら難しく、近い将来の満足を優先し、「勉強は明日からでいいや」と先送りしてしまうのも想像できますよね。
しかし、発想を転換すれば
「目先の利益」を「ご褒美」に変えれば、「勉強」を優先させることもできるのです。
目先の利益を優先してしまう人間の性質を逆手にとり、
「ご褒美」を利用して子どもに勉強を先送りさせずに、今するように促す。
では具体的にどのようにすれば、うまく促せば良いのかを確認していきましょう。
どうやってご褒美を与えれば良いの?
ここでは実際の研究を参考にしながら、どのように「ご褒美」をあげれば効果があるのか見てきましょう。
ハーバード大学のフライヤー教授とアラン教授がある研究結果を発表しました。
シカゴ、ダラス、ヒューストン、ニューヨーク、ワシントンDCの5つの都市で、約250の学校の小学2年生〜中学3年生の約3万6千人を対象とし、「ご褒美」の因果関係を明らかにする大規模な実験を行なっています。
実験内容は以下の2つになります。
①成果にご褒美を与える実験
これはニューヨークとシカゴで行われた実験で、
学力テストや通知表の成績などの「成果」に対してご褒美を与えるという実験です。
簡単にいうと
「テストで良い点を取ればご褒美をあげる」
というものです。
②プロセス(過程)にご褒美を与える実験
もう一つは、ダラス・ワシントンDC・ヒューストンなどで行われた実験で、
宿題を終える、学校にちゃんと出席する、制服を着るなどの行動やプロセス(過程)に対してご褒美を与えるという実験です。
簡単にいうと
「本を1冊読んだらご褒美をあげるよ」
というものです。
どっちの方が効果があるの?
この二つの実験からわかったことは、
プロセス(行動)にご褒美をあげる方が「学力」をあげる効果があったということです。
少し意外に感じるかもしれませんが、「本を読む」「宿題をする」という過程にご褒美を与えることが「学力」に直結するとは限りません。
むしろ、「テストを100点を取る」という結果にご褒美をあげる方が効果があるように思えます。
しかし、結果は逆だったということです。
学力テストの結果が良くなったのは、「プロセス(過程)」、つまり「できた行動」に対してご褒美を与えられた子どもだったというわけです。
特に「本を読むこと」にご褒美を与えられた子供達の学力の上昇は顕著だったみたいです。
一方で、「成果」に対してご褒美を与えられた子どもは改善しなかったということです。
なぜ成果にご褒美を与えることは効果が低い?
なぜ「テストで良い点を取る」というようなわかりやすい成果に対してご褒美をあげることが効果が低いのか、疑問に思いますよね。
その鍵は、目標が明確か否かという違いです。
プロセスに対するご褒美は「本を読む」「宿題を終える」というわかりやすい行動に対してご褒美なので、「何をすべきか」が明確です。
一方で、「成果」に対するご褒美は「何をすべきか」などの具体的な方法は示されていないので、そうすれば学力が上げられるかが、彼ら自身にはわからないのです。そして、最初はやる気はあるものの、具体的な行動目標を自分では立てられず、諦めてしまうのです。
ここでの教訓は「テストの点数」「模試の点数」などの結果ではなく、「本を読む」「宿題をやる」などの行動に対してご褒美をあげる方が効果が大きい
本質的な学力改善をするには?
さらに、フライヤー教授の実験の後のアンケート調査から面白い結果が出ました。
子どもたちに「今後もっとたくさんのご褒美を得るために何をしたら良いと思うか」という質問に対して以下ような違いが明らかになったようです。
上の回答の違いが何か?
おそらく、「結果」に対してご褒美を与えられた子どもは、「何をすべきか」がわからなかったため、対策も抽象的なものが多かったのです。
対して、「行動」に対してご褒美を与えられた子どもは、「何をすべきか」がわかっていたため、対策に対しても本質的な学力改善に結びつく方法を考えようとしたわけですね。
私の経験ですが、授業後にある生徒から「先生の授業を聞いたらめっちゃわかりました。」と急に言われて、すごく嬉しかったのですが、「先生の授業を聴いたら」という言葉に少し違和感を感じ、質問をしました。
と言われて、思わず笑ってしまいました(笑)。
私がどんなに準備をして”わかりやすい授業”を心がけても、
生徒側が本質的に学力を改善しようと思わないと、
”授業を聴く準備”ができてないということに気づきました。
”わかりやすい授業”の前に、生徒を”授業を聴くように仕向ける”必要があったのです。
家庭でも、子どもの勉強をするように仕向けることが重要だということです。
その最初のステップとして、「何をすべきか」を明確にすることが大切というわけです。
家庭や学校で学力改善に効果のあるご褒美のあげ方とは?
「結果」ではなく「行動」に対してのご褒美が重要だとわかったら、具体的どんなご褒美のあげ方が良いのかを確認していきます。
実は「行動」に対して”ご褒美”をあげるだけではダメ?
ここで、この本では述べられていない重要な観点があります。
実はフライヤー教授の実験では、単に”本を読む”や”算数の練習問題を解く”という「行動」に対して報酬を与えたのではなくて、その理解を確かめる小テストに合格をするという「l結果」に対して報酬を与えていたのです。
以下の画像が実験結果まとめとなります。
①この実験の被験者のほとんどは黒人やラテン系の生徒で、経済的に苦しい家庭が多い学校で行われています。
ピンクにマーカー部分に注目してください。
ここで注目して欲しいのは「プロセス・行動に対するご褒美(インプット実験)」の実験の条件の中で、小テストなどの小さな成果(スモールステップ)を確認する条件が含まれているということです。
一方で、「成果・結果に対するご褒美(アウトプット実験)」の実験では、子どもたちはご褒美が欲しいとは思っていたが、そのためには何をするべきかがわからなかったので、効果がなかったようです。
実は学力向上の効果を出したダラスとヒューストンの実験をプロセスだけにご褒美を与えてたのではなく、その理解を確かめる小テストに合格するという成果に対してご褒美を与えていたと言うことです。
より良いご褒美のあげ方とは?
実験の結果、学力テストの点数がよくなったのは、結果ではなくプロセス(行動)を具体的に示して、その行動を確認する小テストを達成したことにご褒美を与えられ子どもたちでした。 (出典:永井俊也ドットコム)
具体的な声がけの例でいうと以下のようになります。
☓→「テストで良い点を取れば500円あげるよ」
○→「本を一冊読んで、内容を一緒に確認した後に500円あげるよ」
☓→「テストで良い点をとったら1000円あげるよ」
○→「この教材の3,4ページを勉強して、確認テストで8割取れたら500円あげるよ」
あくまでも例ですが、上記の例のように①子どもが”何をすべきか”を明確にし、②理解を確かめる小テストなどを課し、③達成できたらご褒美をあげる、という3つのステップが効果的に学力を向上させるということです。
※どうすれば成績をあげられるのかという勉強方法を教えてあげられる人がそばにいる場合は、アウトプットにご褒美を与えても学力が改善する。
結論
フライヤー教授とアラン教授の実験から得られる結論から、以下のような条件でご褒美をあげると、学力向上に繋がりやすくなります。
①子どもの学習の指針を示す指導者や先輩がいること
②具体的な行動目標があること
③行動が達成できたかを確認するアウトプット(小テストなど)があること
④達成したことに対してご褒美があること
①子どもの学習の指針を示す指導者や先輩がいない場合
家庭で上記のような条件を揃えるのは難しいかもしれません。
まず子どもに「正しい学習目標」を作れる指導者や先輩を、親や教師ができればいいのですが、この点に関しては学校や家庭だけでは限界があると思います。人間関係も重要になってきますので、正しい学習目標を立てるのは、塾などのプロの力を借りても問題はないと思います。
子どもが勉強に取り組むためには、「勉強しなさい」と声がけをすると、学習意欲がますます下がるという研究も中室教授らの研究で明らかになったそうなので、プロに任せてご褒美のシステムだけは親がやるのもありだと思います。
②具体的な行動目標はどのようにたてるか?
「具体的な行動目標」に関しても家庭で作ることは難しいかもしれません。
この場合は、学校の先生や塾などのプロにお願いしてみてはいかがでしょうか。
学校の先生も「can do list」といって、具体的な行動目標を立てるように推進されていますが、実質的にはあまり機能していません。
かなり研究熱心な先生はこの「can do list」をしっかり作っていますが、やはり塾などの教える専門の指導者に頼ってもいいと思います。
私自身は以下のようなリストを作り、確認テストやパフォーマンステストで合格できたら、平常点をあげるというシステムを作っています。↓
私の尊敬する関西大学の田尻悟郎先生も、教材に準じた具体的な行動目標を作り、確認テストやパフォーマンステストで合格できたら、平常点をあげるというシステムを作っていまた。↓
このような具体的な行動目標を子どもに配ると、次に何をすべきかを自ら考えるようになります。
この点に関しても、正しい行動目標を立てるのはプロの力を借りても問題はないと思います。
③理解をできたかを確認するアウトプット(小テストなど)はどうやって用意すれば良いか?
そして次に理解を確認するためのアウトプットをどのように用意するかということですが、ここに関しては家庭で確認テストを作るのはかなり難しいので、学校や塾または優れた参考書を買うことをお勧めします。
小学生であれば、音読確認や内容確認を親が直接するだけでも、効果があると思います。
④達成したことに対する”ご褒美”は何が良いか?
ご褒美は何をすればいいのかというのも悩みどころですよね。
シカゴ大学のレヴィット教授が行った別の実験では、小学生にお金の代わりにトロフィーをあげたほうが効果があったことがわかっています。
逆に中高生以上になると、お金の方がより効果的だったということもわかっているようです。
年齢や子どもの趣味・嗜好に応じて、子どものやる気を刺激するものを選ぶと良いと思います。
適切なご褒美の選択は、親の出番だと思いますので、いろいろ試して見てください。
まとめ
いかがでしたでしょうか。「ご褒美はを与える」という行為はあまり良い印象を持たれないですね。 しかし、ここで述べた最新の研究で証明されたように、適切な条件のもとでは与えれば、学力の向上に大きく貢献してくれます。 適切の条件をまとめると、
①子どもの学習の指針を示す指導者や先輩がいること
(塾や家庭教師、学校の力を借りても良い)
②具体的な行動目標があること
(塾や家庭教師、学校の力を借りた方が良い)
③行動が達成できたかを確認するアウトプット(小テストなど)があること
(塾や家庭教師、学校の力を借りた方が良い)
④達成したことに対してご褒美があること
(親や保護者が考えると良い)
アメリカなどに比べて、日本は私教育が充実しています。
上の条件にあげたように、正しい学習プランを立てて、個別で学習をサポートし、確認テストまで作成するのは、家庭や学校だけでは不十分な場合があります。ここは恵まれた日本の私教育をうまく利用しましょう。
オススメの塾や家庭教師を紹介します。
① 坪田塾
ビリギャルのモデルにもなった個別指導塾です。
生徒個人の習熟度に合わせてオーダーメイドの指導をしていただけるので、”ご褒美システム”には最適です。
活動拠点は都内ですが、無料で学習支援を行っている団体です。
もちろん参加には条件があります。中学3年生や、医療系大学を目指す生徒は全国からオンラインで参加も可能なようです。
今はオンラインもあるのでありがたい時代ですね。
ぜひ、日本の恵まれた私教育も利用して、未来への投資をして見てください。
本日も最後までお読みいただきありがとうございました。
参考文献
2. Bradley M. Allan, Roland G. Fryer, Jr. The Power and Pitfalls of Education Incentives. The Hamilton Project, September 2011.
3. 永井俊也ドットコム